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長崎地方裁判所 平成3年(ソ)1号 決定 1992年3月09日

抗告人

白谷英隆

右訴訟代理人弁護士

今瞭美

今重一

相手方

日紳福岡協同組合

右代表者代表理事

伊東武

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を壱岐簡易裁判所に差し戻す。

理由

第一申立ての趣旨及び理由

抗告人は「原決定を取り消す。抗告人の異議の申立てを認める。」との裁判を求めた。抗告の理由は、別紙「抗告状」中、「抗告の理由」欄記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一抗告人は、相手方を債権者、抗告人を債務者とする壱岐簡裁昭和五六(ロ)第九九号支払命令申立事件について、平成三年一一月六日異議を申立てると共に、支払命令及び仮執行宣言付支払命令が抗告人に対し適法に送達されていないから、本件異議の申立は異議申立期間を徒過していない旨主張する。

二そこで検討するに、本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実が認められる。

1  相手方は、福岡市内の商店が加盟して組織する組合で、加盟店に対し購入通帳又はクレジットカードによる販売方式により信用供与を行っていたものであるが、本件支払命令申立事件は、申立外白谷笑子(以下「笑子」という。)が主債務者、抗告人が連帯保証人とされている昭和五四年九月三〇日付の契約に関する立替金を請求するものであり、抗告人のみに対して申し立てられている。

2  抗告人は、昭和三三年ころ、笑子と結婚し、昭和五〇年一〇月ころ、長崎県壱岐郡石田町池田西触八三七(以下「旧住所地」という。)に転居し、同所で笑子や子供らと生活をともにしていた。

しかし、その後夫婦間に不和が生じ昭和五三年四月ころ、抗告人は、離婚を前提として、笑子を残して右住居を出て博多に移ったが、同年七月に二日市の済生会病院に入院し、同年九月初めころに一旦退院した。そして、同年一〇月四日ころ、離婚の話し合いをするため壱岐に戻ってきたが、酒を飲み過ぎて家の前で倒れて救急病院に収容され、その後長崎県<番地略>所在の医療法人玉水会赤木病院に入院することとなり、以来現在に至るまでそこで療養生活を送っており、旧住所地に戻って生活したことはない。

3  その後抗告人が笑子と会ったのは、赤木病院に入院した直後ころに一回あるほか、昭和五七年の初めころに三回あるだけであり、両人はそのころ正式に離婚している。

なお、笑子は右昭和五七年まで旧住所地に住んでいた。

4  抗告人は、相手方との契約に関して笑子の連帯保証人とされていること、右債務について抗告人に対し本件支払命令及び本件仮執行宣言付支払命令が発せられていることなどを知らないでいたところ、昭和五七年一二月ころと昭和六二年六月ころ、さらに平成三年七月三〇日、前記の立替金について、クレジット債権管理組合(相手方からの何らかの依頼により相手方の債権の取立を行っていたものと思われる。)等から赤木病院の住所地に宛てて、その支払いを求める書面などが送付されたが、その都度、抗告人は、本件契約については全く知らず、笑子の連帯保証人になったことはない旨書面で連絡した。そして、クレジット債権管理組合からの平成三年九月二六日付けの書面に本件仮執行宣言付支払命令の写しが同封されていたことから、抗告人は、はじめて本件仮執行宣言付支払命令が発せられていることを知った。

5  ところで、本件支払命令申立事件に関しては、本件仮執行宣言付支払命令の原本が存在するものの、事件記録自体は保存期間の経過により既に廃棄されているため、その手続の詳細は不明であるが、右原本によれば、昭和五六年七月二〇日に本件支払命令が発せられ、同年九月三日に仮執行宣言が付されたものであり、債務者(抗告人)の住所は旧住所地とされている。また、右原本には、壱岐簡裁書記官により、債務者(抗告人)に対する送達年月日が同年一〇月一〇日、確定年月日が同年一〇月二五日と付記されている。

三以上によれば、本件支払命令は昭和五六年七月二〇日の数日後から同年八月中旬ころまでの間に、本件仮執行宣言付支払命令は同年一〇月一〇日に、それぞれ送達手続がとられたものと認められる。

ところで、個人に対する支払命令は、支払命令上に示された債務者の住所地に宛てて送達されるのが通常の取扱いであるところ、本件支払命令申立事件において当時の抗告人(債務者)の生活の本拠であった赤木病院に宛てて送達がなされた形跡はないから、本件支払命令及び本件仮執行宣言付支払命令はいずれも旧住所地を送達場所として送達され、おそらくは笑子らにおいて同居者としてこれを受領したものと推認される。

しかして、前記の事実に照らせば、当時、抗告人は旧住所地を生活の本拠にしていたものとはいえず、またそのころ一定期間旧住所地に居住していたものともいえないから、旧住所地は、当時の抗告人の住所または居所とは認められず、その他、本件において旧住所地が適法な送達場所であることを窺わせる事情はない。そうすると、右各送達は不適法なものというほかはなく、また、そのころ抗告人が本件支払命令及び本件仮執行宣言付支払命令を異議なく受領するなどして送達の違法の瑕疵が治癒されたとも認められないから、右各送達は結局無効なものといわざるを得ない。

四そうすると、抗告人に対してはいまだ支払命令の送達がなされていないことになるから、本件異議申立て当時異議申立て期間を徒過したものとはいえず、他に本件異議申立てを不適法とすべき事由はない。したがって、抗告人の本件異議申立てを不適法として却下した原決定は失当であり、原決定の取消しを求める本件抗告は理由があるから、民訴法四一四条、三八六条、三八八条を適用して原決定を取り消し、さらに原裁判所において本案事件の審理をするために本件を差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官井上秀雄 裁判官森浩史)

別紙抗告状

原決定の表示<省略>

抗告の趣旨<省略>

抗告の理由

一、原審決定は、「債務者と笑子との間に、申立ての理由二のような事実上の利害関係があったとしても、笑子に送達受領権限がないとはいえない」旨認定している。

しかしながら、本件同様、妻が夫に無断で夫名義で契約を締結したような場合に、妻が訴訟関係書類を受領した場合に、夫に見せることが期待できない場合には、夫がそのことを知ってから、一週間以内に訴訟行為の追完により異議の申立てをすることができる。

本件支払命令記載の請求原因によれば、債務者と訴外笑子との間が、事実上破綻し(訴外笑子の不貞による)、実態的な夫婦関係がない状態になった後に、訴外笑子が、自らも主債務者とし、債務者を保証人とする契約を締結したものであると推定される。

支払命令が何故、訴外笑子を債務者とせず、債務者のみに対して申立てられたかはわからないが、訴外笑子が、債務者宛ての訴訟書類を受け取った場合には、債務者に見せないであろうことは、容易に推測のつくことである。

従って、本件においては、まず、事実上夫婦関係が完全に破綻している状態であり、相手方である債権者が、契約時に当然要請される契約確認を行っていたならば、抗告人(債務者)の住所が、訴外笑子と同一ではないことを知ることができた場合である。従って、原決定が、安易に、訴外笑子に訴訟書類の受領権限があったと判断したことは、法律の解釈を誤ったものであり、取消を免れない。

さらに、仮に、訴外笑子に受領権限があるとした場合にも、前述のような事実上の利害の対立がある場合であるから、抗告人(債務者)が、支払命令を訴外笑子が受け取ったのではないかということを知った時から、一週間以内に訴訟行為の追完をすることによって異議申立てが認められるべき場合である。

本件においては、抗告人(債務者)は、原時点においても、支払命令・仮執行宣言付支払命令を受け取っていないのであるから、訴訟行為の追完が認められるべきである。

本件において、訴訟関係書類が廃棄されていることによって、訴訟関係書類を受け取ったものが特定されず、或いは、郵便に付する送達によって送達がなされたため、誰も訴訟書類を受け取っていないかもわからないが、このようなことは、抗告人(債務者)の全く預かり知らぬところである。抗告人(債務者)は、昭和五七年当時、相手方(債権者)から督促を受けた当初から、異議申立書記載の事実を相手方(債権者)に書面で連絡しているのであるから、その当時、相手方(債権者)が、抗告人(債務者)に対して、訴訟関係書類を渡すなどしていれば、抗告人(債務者)は訴訟手続を明白にすることも可能であった。しかしながら、抗告人(債務者)の責めに帰すべからざる事由によって、抗告人(債務者)の裁判を受ける権利が侵害されることを認めるべきではない。

以上のような事情により、本件においては、抗告人(債務者)の異議申立てを認めるべきである。

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